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ドイツ生活・留学関連コラム

essay
旅行者になれない…

 独ボク用資料写真の一枚として、以前からマクドナルド (以下、マック) のレジ付近を撮影したいと考えていた。しかしこれは簡単ではない。マックに限らず何処の国のチェーン店でも、自店舗を写真撮影されるを極力避けたがる傾向にある。それは日本のコンビニだってスーパーマーケットだって同じで、「まずは本社の許可をとってください」 と冷たくあしらわれるのが常である。そんな中、外国人であるボクがドイツマックの本社に撮影許可を願っても許されるわけがない。そもそも使用予定のホームページ 「ドイツ語とボク」 だって、マックの売上が向上するようなことを書いているわけではなく、むしろ 「不良客万歳!」 的な内容しか載せていないのだから撮影許可など下りるはずはないのだ。


2
 ボクはある日の早朝、大きなリュックサックを背負いカメラを片手にハイデルベルク市の中心、ビスマルク広場にほど近いマックを訪れた。実はボクは知っていたのだ。この日の朝から新人のアルバイト店員がカウンターに立つことを。カメラを手にリュックを背負ったボクは誰が見ても旅行者だった。開店後すぐのマックに客はボクしかいない。そして店員の姿も一人しか見えなかった。

 ボクはカウンターに近づきメニューを指差し、その新人店員に たどたどしい ドイツ語で言った。 「おはようございます。あのメニューをお願いします」。見たところ店員はドイツ人で、20前半といったところか。彼女は覚えたてのレジを不器用に扱いながら、「飲み物は?」 とマニュアル通りに聞き返してきた。ボクは 「カプチーノを」 と答えた。彼女はカップをコーヒーメーカーにセットし、パタパタと持ち場を歩き回っている。

 そんな彼女にボクは話しかけた。「ハイデルベルクは本当に素敵な街ですね。ハイデルベルクに来て本当によかった」。彼女はニッコリ笑って 「何処から来たんですか?」。ボクは 「日本からです」 と笑顔で答えた。…と、ボクはそこで少し考えるような仕草をとった。そして今とっさに名案でも思い浮かんだかのようなアクションで、手にしたカメラを彼女の前に出して訊ねた。「あの…、写真撮ってもいいですか? 旅行の記念に!」 。

 彼女はその旅行者の戯れをさもおかしそうに笑いながら、「ちょっと待ってくださいね」 といいながら、ボクが注文したメニューをトレイの上に用意している。そして彼女もなにかひらめいたような様子でもう一度 「ちょっと待ってくださいね!」、と言って店舗の奥に行ってしまった。


3
 恐らくは制服か髪を整えに行ったんだろう。しかしボクとしてはどっちでもいい。彼女がいないということは、店内の目に付くところに店員はいないということだ。ボクはすかさずカメラを構えて撮影をはじめようとした。しかしその直後、また彼女のパタパタと走る音がした。おかしい。いくらなんでも戻ってくるのが早すぎる。彼女は何をしにバックに戻ったんだろう…。そんな疑問に舌打ちしながらも、ボクはカメラをカウンターの上に置き、また旅行者っぽく辺りを見渡しては珍しそうな顔をして店内をうろうろしていた。

 カウンターの方からボクの背に声が届いた。「この人です」 。どうやら彼女はバックから正社員を呼んできたらしい。新人店員の対応としては申し分ない。しかしこっちにとっては予定外だった。

新人: この人です
社員: え?何処にいるの?
新人: ですから…、この人です。
社員: えっ?! あぁ…。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
(正社員はボクに向かって) 申し訳ありません。店内の撮影
は禁止されておりますので、どうぞご容赦願います。
ボク: あっ、そうですか。それは残念です…。
社員: (新人に向かって) 写真撮影は禁止です。覚えておいてね。
それと彼は旅行者じゃないの。覚えておいてね。
(社員は 「やれやれ」 とため息をついてバックに戻る)
新人: 2.50ユーロになります。
ボク: あぁ、はいはい。2.50 ね。
新人: (流し目でボクに訊ねる)
で…、どこの旅行の記念だったんですか…? (((--;)
ボク: あの…、ビスマルク広場の旅行記念に…。
新人: 「散歩」 って単語知ってます?
ボク: あぁ、それそれっ! 母国語じゃないと、なかなか単語が出て
こないんだよねー!  (^^;)
新人: さっきよりドイツ語…、流暢になってるよ。  (-_-;)
ボク: いや、さっきは起きてスグだったから。でももう大丈夫!
目、覚めたよ。ははは…
新人: (少し呆れ顔で) よい一日を…。
ボク: あ、ありがとう。あなたもね。 (^^)v

 冷や汗モノだった。社員の言った、「彼は旅行者じゃないの。覚えておいて」 にはまいった…。つまり他の店員は皆ボクを覚えてるってことじゃないのか? ボクは 「どう」 覚えられているんだろうか…。いや、やめておこう。考えてもあまりいい答えは出そうにないから。とにかく当分、早朝にビスマルク広場のマックを訪れるのは控えよう。彼女に会えばまた白い目で見られそうだから。「うん、行くなら午後にしよう」。ボクはそう思った。


4
 ある日の午後、ボクはビスマルク広場のマックで例のごとくカプチーノを注文しようとカウンターの前に立った。ふと見ると目の前にいたのは彼女だった。向こうもボクの事を覚えていたようだ。彼女は言った。「今日は目、ちゃんと覚めてる? よく眠れた?」。ボクは頭を掻きながら、「まぁ、よく眠れたと思うよ」 と苦笑した。彼女はテキパキとカプチーノを用意している。

 彼女がこの時間に働いているのはボクにとって予定外のことだったが、しかしボクだってダテに長く不良客を続けているわけではない。こういうことも当然ありうると考えて、既にボクはカバンの中に一枚の封筒を用意していた。それは映画館で手に入れた封筒だった。

 ボクは周囲を見回してから、彼女に封筒を手渡して言った。「割引券なんだけど、もしよかったら使ってね」。彼女は突然のプレゼントに驚いた風だったが、すぐにボクの方を見て 「ありがとう!」 と笑顔で言った。ボクは支払いを済ませ、コーヒーカップの乗ったトレイを手にカウンターを後にした。

 数秒後、背後から彼女の激しい笑い声が聞こえた。彼女は喜んでくれただろうか。使ってくれるといいな…。バーガーキングの割引クーポン。(注釈*1)



注釈*1
バーガーキング 【BurgerKing】= ハンバーガーのチェーン店。
マクドナルドとはライバル関係にある 大手ハンバーガーショップ。
割引クーポンは大抵、レジ近くに山積みされている。



2005.03.29 kon.T in Heidelberg
2005.08.17 修正
2005.11.07 「ドイツ語とボク」 に収録

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