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ドイツ生活・留学関連コラム



不良客よマックに集え (FILE 01)
 一杯のコーヒーに縛られながらマクドナルド (以下 マック) に通い続ける毎日。ボクのような客単価 (*客一人が支払う金額) の極めて低い人間をこそ、店側は 「不良客」 と呼ぶのだろう。しかし不良客とは、なにもボク一人のことだけを言うのではない。マックは常に大量の不良客を抱えながら営業しているのだ。

 ところでボク以外の不良客とは、具体的にどういう人たちを言うのだろうか。既にドイツで50以上のマックを訪れたボクは、その情報に最も詳しい一人と言えるに違いない。もはや 「マック不良客名鑑」 と銘打てば軽く1冊や2冊の本が書けてしまいそうな気がさえする。そこでこの 「不良客よマックに集え」 では、中でも特に印象深い個性的な人々について紹介していくことにする。


さて、今日のターゲットは・・・

「 店員に化けて掃除する男 」

ふっ、彼に決まりだ


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 客は何故 (なにゆ) えマックにやってくるのか。もちろん大抵の客は食事をするためであったり、あるいはそこが観光都市であれば、歩きつかれた観光客が足を休めるために利用するかもしれない。またあるいは急に雨が降ってきたなら、一時的な避難場所を求めて入ってくるという人もいるだろう。しかし不良客というものは、これらとは全く別の意図を持って訪れる。例えば身近な例をあげれば 「ボク」 自身がそうだ。ボクはマックで食事をしようなんて、最初からまるで考えていない。コーヒーを注文するにも関わらず、それが欲しいわけでもない。雨が降ろうが、雪が降ろうが、風に吹かれようが、そんなことにはお構いなしにマックの中で何時間も座っている。もちろん歩き疲れたのではなく、ボクはあくまでマックで座るために家を出て、家に帰るためにマックを出るのだ。

 この一見不可解な行動は、「不良客」 と呼ぶに十分足る。とにかく客が不良客として存在するには、そこに一般客とは違った理由や行動が内包されていなければならない。そして今から紹介する老人もまた、恐るべき理由を秘めていた。いや、強いて言えば、理由それ自体は単純なのだ。ところがその理由を正当化しようという彼の手段が尋常ではない。ボクにとってそれは近寄って欲しくない、迷惑極まりない手段。そんな彼の日常の行動と、理由を紹介しよう。


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 ある日、ある時、ある友人のたっての願いを聞き入れて、ボクは見知らぬ街へ出かけることになった。その友人はかつての知人に会うためにその街へ向かったのだが、しかし彼女とその知人との間には過去に少しややこしい経緯 (いきさつ) があった。だから彼女は長らく、そこを訪れるのをためらっていたのだった。ボクはそんな彼女をなんとか諭しその知人と再び会うことを勧め、そして彼女はとうとうその街に行くことを決意した。しかし決心はしたものの足は重い。そこで、「どうかその街まで、君も一緒に行ってはくれないだろうか」 と懇願され、ボクは何の当てもないその街に初めて向かうこととなった。

 そこはシュトゥットガルトの近郊都市、ルードヴィヒスブルク という街だった。電車の中で彼女はようやく観念したらしく、街に着くと 「ここからは一人で行ける。悪いけど時間を潰して待っていてくれないだろうか」 と言い、そこでボクは約6時間のフリータイムを得ることとなった。しかしボクはと言うと、別に観光しようなどいう気は起こらなかった。ただ脳裏をかすめるのは 「勉強せねば」 という強迫観念ばかり。だから彼女と別れるや否や、ボクはマックを探した。旧市街のはずれで見つけたマックは、入ってみると実に小綺麗な、そして客席数の多い心地よい造りの店内だった。ボクはセオリー通り、レジカウンターからは直接目の届かない、店内の少し奥まった場所に席を陣取った。


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 この日は一種の 「旅行」 とも呼べる遠出だったので、ボクは珍しくまともなものを注文することにした。あれは確かビッグマックメニュー Maxi (Lサイズのドリンクとポテトが付属) だったか…。あぁそうだ、4.79 ユーロ支払ったのだから間違いない。ちなみに、自炊しているボクの食費は一食当たり、大抵 42~80 セント。そのビッグマックセットの価格が、ボクの普段の食事のゆうに5〜8回分食費に相当することをまずは理解しておいて欲しい。

 ボクは久々のビッグマックに舌鼓を打ちながらも、ドイツ語で書かれた文法書に首っ引きだった。ハンバーガーをかじってはペンを走らせ、コーラを飲んではペ−ジをめくった。もちろん、どんなにゆっくり食べても盆の上の食物は10分少々で平らげてしまうが、ボクの勉強はまだまだ続く。約5ユーロもの金を出したのだから、少しでも長くこの席を占拠し勉強を続けねば。ボクに与えられた時間は6時間弱。さすがに1ヵ所に6時間も座るだけの忍耐はないかもしれないが、とにかく今はできるだけ長く勉強に集中すること。それがボクに課せられた使命だった。

 ところで机の上の食物がなくなれば、あるいはマックの店員が 「 トレイの方、お下げしてもよろしいでしょうか 」 という感じでやって来るかも知れない。もし机の上の空カップやトレイを片付けられてしまっては、もはやそこに居続けることは難しくなるだろう。だからボクは店員が近づくたび、空カップを口元に運ぶ仕草を繰り返す。そうすれば店員に手出しはできないに違いない。だからボクは常に、店員が近寄ってくる方向を向いて座っているのだ。何処のマックでもこのセオリー通りに行動すれば長時間滞在が可能なはずだった。しかしこの日この店に限っては、予想もつかない実にイレギュラーな不良客が住み着いていた。


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 彼はゆうに60歳を越えていようが、しかし70を越えているのか否かはイマイチよく分からない、微妙なお年頃に見えた。彼の動作は一見、客が食べ終わった後にトレイを片付ける 「 トレイ係り 」 のようなのだが、しかし明かに店員ではない。彼の姿はというとマックの制服を着ているわワケではなく、日本でも稀に登山者がはいているようなニッカズボンに厚手の長い靴下、それに羊毛の厚手のシャツ、頭にはアルペン帽をかぶり、帽子には土産物屋で買ったような金属製のワッペンや羽飾りがいくつも刺されていた。ボクはこの町に関する情報をほとんど持っていなかったが、もしかすると、これは市の観光促進用のコスチュームなのかも知れないという気にもなってきた。マックも市の事業に一役かって、市のキャラクターに合わせたコスプレ店員を置いているのかと・・・、確かに一度は思った。

 しかしどう考えてもやっぱりおかしい。まず彼には店員が付けるはずの名札がない。それに持ち物だって明かに変なのだ。彼の持ち物と言えば、スーパーで10セント程度で販売されているビニール製の買い物袋が2つ。しかも袋がパンパンになるほどの家財道具が積め込まれていて、それは正に一般的な浮浪者の姿に違いないのだ。にも関わらず、彼は客のいなくなった席に置き去りにされたトレイを片付け、ハンバーガーの包み紙をゴミ箱に捨て、トレイを拭いている。ボクがこの店に入ってから、気付いただけでも既に数十枚のトレイを片付けたのではなかろうか。もちろん、ボクだって最初は彼が残飯をあさっているのかとも思ったさ。しかしそんなそぶりはちっとも見せない。タダひたすらに店員のごとく、トレイを片付け続けていた。

 しかしまぁ…、そんなことは勉強中のボクには取りたてて重要なことではない。ボクはただココに座り続け、ひたすら勉強していられさえすればよいのだ。ボクは彼など無視して文法書にかじりついていた。ところがだ、その例のヘンテコ店員がボクのそばにやって来た。もし近くに来たのが正規の店員であったなら、彼らの制服が視野の片隅に入った瞬間ボクは空カップを口に運んでいたに違いない。それはもう条件反射とでもいうような習慣的な行為で、なにも考えなくても勝手に体が動いてしまうはずだった。しかしその見なれないヘンテコ店員の接近に、ボクは全く気付くことができなかった。

 机の上に広げた文法書の更に10センチほど向こうに置いていた、ビッグマックの空箱が突然動き出した。すで空であることが店員にバレないよう、それは上ぶたを再びきっちりと閉めたはずの空パッケージ。ボクは店員の不意打ちでも受けたのかと慌てたが、見るとそこにはヘンテコな店員もどきが立っていて空箱を開けようとしている。 「な!何してんだ!? あんたは誰だ!」 といくぶん強い口調でボクは威嚇した。しかし彼は緩慢な動きを止めることなく、とうとう箱を開けて中身の有無を確認してしまった。そして彼はボクの言葉などまるで耳に入らないかのように、空箱や空カップの乗ったトレイを持って行こうとし始める。もちろんそんな事をされてはたまらない。すでにヘンテコ店員が持ち上げているそのトレイを、ボクも両手でつかんで持ち去られまいと力を入れた。

 いまや一つのトレイを4本の手がつかみ、両者が引っ張り合う格好となった。その時のボクときたら、数え切れないほどの疑問符が頭の中で阿波踊りでも踊っているかのようなありさまだった。そのイレギュラーな事態に遭遇して、ボク自身も何を血迷ったのか 「ウェイ・シェン・マ?!(何故なんだ)」 と最近聞き知った中国語で叫ぶ始末。もはや頭は大パニック。混乱と怒りと焦りがグチャグチャに絡まって押し寄せていた。

 ボクの激しい抵抗にあって、とうとうヘンテコ店員が口を開いた。「俺はこれを片付けねばならない。持って行くから手を離せ!」。ボクは青ざめた。何しろボクの数日分の食費を投じたにも関わらず、この席に座ってからまだ30分も経っていないのだ。ボクはトレイを引っ張りながら反論する。「ボクはまだ食事中だ。そのままにしておいてくれ」 とゆっくりだがいくぶん震えた声で言うと、彼も再反論する。

へ店: 「もうこれは空だ! 食事は終わっている。だから持っていく!」
ボク: 「ちょっと待て! これはボクのものだ。ボクが金を払って購入した、今現在はボクの所有物だ。あんたが勝手にもって行っていいはずがない!」
ヘ店: 「しかしもう空だ! 必要ないじゃないか!」
ボク: 「そんなこと、あんたには関係ない!」
へ店: 「もう何もないんだから片付けるべきだ。置いておいても意味ないじゃないか!」
ボク: 「意味があるかないか、そんなことはボクが決める!ボクはココに置いておきたい。ただそれだけだ!」
ヘ店: 「これを片付けるのは俺の仕事だ!」
ボク: 「そもそも、あんたはいったい誰なんだ?!」

 4本の手に固定されながら机の上に浮かんでいるトレイを挟んで、ヘンテコ店員と不良客が対峙している。口論は微妙に噛み合っていない気がした。その光景は異様な緊迫感を伴い、もはや他の客たちも好奇の眼差しを向けていた。しばらくのにらみ合いの末、とうとうヘンテコ店員の方がトレイを離した。彼は何やら聞き慣れないスラングのような捨て台詞を吐いて、ボクの席を去っていった。ボクは空トレイを死守したものの、勝ち誇った気分にはなれなかった。むしろ久しぶりのドイツ語での口論に気は高ぶり、頭に血は昇り、心臓はバクバクと音を立てているかのようだった。

 ボクは気を取りなおし再び勉強を始めようと思ったが、もはやそんな状況ではなかった。それにヘンテコ店員が去る直前に気付いた 「周囲の目」 に、ボクは居たたまれなさを感じていた。「あぁ、胃が痛い…」。ボクは悔しさを押し殺せないまま、その店を後にした。


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 ボクはまだ興奮気味だった。少し頭を冷やそうと、旧市街を歩くことにした。とりあえずの目的地は ツーリスト・インフォメーション (旅行案内所)。この街には他にもマックがあるのか、あるいはバーガーキングかピザハットはないかと尋ねようと考えたからだ。途中の道すがら、気分転換にいくつかの店を覗いて歩いた。旧市街の中心にある広場にたどり着くと、ツーリストインフォはすぐに分かった。気を取りなおして笑顔で扉を開き、取り合えずいつも決り文句を並べた。

ボク: Hallo. Ich habe eine kleine Frage. Aber leider kann ich nicht so gut Deutsch sprechen. Bitte sprechen Sie aber langsam.
こんにちは。ちょっとお聞きしたいことがあるんですが、私はあまりうまくドイツ語を話せません。申し訳ないんですが、ゆっくり話して頂けますか?
職員: Do you speak English? 
英語は話せますか?
ボク: Nein. Ich kann wenig verstehen. Aber Deutch ist eigendlich viel besser. 
いいえ。まぁ、多少は理解できますが、実はドイツ語の方が遥かにマシです
職員: Kein Problem! Und Ihre Deutsch ist wunderbar.
問題ありませんよ。それにあなたドイツ語は実に素晴らしい
ボク: Danke sehr.
恐れ入ります (ペコッとお辞儀)

 語学学校の基礎クラスにいた頃からのお約束。誰と会ってもまずはこれを言って始めるので、学校の職員らは 「分かった分かった。耳にタコだ!」 と言って苦笑する。1年ほど前だったか、かつて通っていた学校に野暮用があって1年半振りに訪れてみると、ドイツ人の事務員はボクの顔を見るや否や 「Ich kann nicht so gut Deutsch sprechen....」 ボクの決り文句を暗唱し始めた。ボクの知人は皆知っている、それほど使い古した言い回しだ。最後にアジア人っぽく深々と頭を下げれば、初印象としては申し分ない。このツーリストインフォの職員も、最大限に好意的な態度で迎えてくれた。

 結局その旧市街にマックは例のその店しかなく、他のファーストフード店も歩いて行ける距離にはないとのことだった。安くて美味しいピザを出すという職員オススメのイタリア料理店にも行ってみたが、入り口に貼られたメニューを見るや否や退散せざるを得なかった。しかし多少なりとも別のドイツ人との会話を楽しみ、教会に腰掛け、店を散策しながら1時間近くブラブラしたことで、ボクの気分も晴れやかになっていった。

 時計を見ると、ボクのフリータイムはまだ4時間も残されていた。さてどうしたものか。ボクに残された選択肢はというと、1 「マックに行く」、2 「マックへ行く」、3 「マックに行く」、4 「マックへ行く」、……。選択肢などボクには端っから一つしかなかった。自嘲しながらもボクは気を取りなおし、再びマックへ向かうことにした。


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 マックに着くと、コーヒーではなくコーラを注文した。これ以上胃の痛い思いをするのは御免だと思ったからだ。ボクがストローを挿しながら空いている席を探ていると、さっきのヘンテコ店員とすれ違った。一瞬目が合った。しかしお互いにそ知らぬ顔ですれ違った。適当な席に着いて勉強をはじめて1時間くらいしたころ、カップの中のコーラが残り少なくなっていることに気付いた。辺りを見回すと、例のごとくヘンテコ店員がトレイを片付けていた。正規の店員が近づく気配もなかったので、ボクはまた辞書をめくり続けた。それから少したってから、なにやら口論が聞こえた。ふと顔を上げると、またもヘンテコ店員が他の客と問題を起こしていた。「もはや構うまい」 とボクは達観した。

 それから15分ほど経ってからだろうか。ボクの後ろの席の方が何やら騒がしくなったのに気付き振り向くと、そこにはヘンテコ店員の腕をつかんでいる2人の警官がいた。ボクは 「ざまーみろ! 天罰じゃっ!」 と心の中でつぶやいた。3人は一度店の出口付近まで行ったが、ヘンテコ店員の反論がすさまじいために、また店内に戻ってきた。警官は彼をボクのすぐ後ろの席に座らせ、取り合えず落ち着かせてからその場で事情聴取する形となった。ボクは静かに聞き耳を立てた。

 「ココにきてはいけないと、何度も言ってるじゃないか。どうしてまた戻ってきた。お前は客じゃないだろう」。警官の第一声を聞く限り、どうやらヘンテコ店員は常時ココにいて、警官もそのことを以前から知っていたようだった。

ヘ店: 俺は客じゃないって何度も言ってるだろ! 俺はココで働いているんだ!
警官: じゃぁお前はココで雇われているのか?
ヘ店: まぁ、そんなようなもんだ
警官: しかし店の人は、お前なんか雇ってないと言ってるぞ。しかも警察に電話してきたのはここの店員だ。お前は店員でもなんでもないじゃないか
ヘ店: でも俺はココでちゃんと働いている。ちゃんと客の後片付けをしてるし、トレイも綺麗に拭いてるし、ゴミも集めて捨てている
警官: 誰に頼まれたんだ?
ヘ店: 誰かに命令されたわけじゃない。自分の意思でやってるんだ
警官: なんだ! それじゃぁやっぱり店員じゃないじゃないか!
ヘ店: しかし俺は客でもない!
警官: そりゃそうだ。何も買わない、金を全く支払わないんだから、客じゃぁないよな。
ヘ店: そうじゃなくて! ここは俺の職場なんだ!
警官: でも給料は貰ってないんだろ。
ヘ店: 本来なら貰うべきところを、俺は無償奉仕しているんだ。ココから追い出される筋合いはない!
警官: しかし店には迷惑なんだ。他のお客も困ってる。だからお前はここに来ちゃいかん。分かるか?
ヘ店: 俺がここにいて何が悪い! 俺は仕事してるんだ!一日中いたって誰に文句を言われる筋合いはないんだ!
警官: あ〜あ〜、分かった分かった。言い分はよーくわかったから、取り合えず店を出ようか。ここにいてはみんなの迷惑だ。さ、店を出るんだ。後の話は警察で聞こうか。
ヘ店: Nein! (やめろ!) Scheiße----! (クソーーーッ!)
警官: こらこらっ!ここはレストランだ! Scheiße! (クソ) と言うな、Scheiße! とっ!

 やはり店員ではなかった。そう考えると無性に腹が立ってきた。あの ビッグマックメニュー Maxi に費やした 4.79 ユーロが惜しまれてならかった。しかし実(げ) に恐ろしきは、ヘンテコ店員の自信と誇りか。


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 浮浪者にとってマックは、風に吹かれることなく、雨に濡れることなく、快適な室温の中で座ることのできる一つのオアシスだ。何も注文しない浮浪者がマックに入り込み、ましてや席を確保するのは簡単なことではない。だから彼らはなんとか小銭をかき集めては最安のメニューを、つまりコーヒーを注文することによって居座ろうとする。マックの前で物乞いしている大半の浮浪者の目的は、コーヒーを買えるだけの小銭を集めること。予定額を貯めるのに、平均30分から1時間くらいだろうか。その労を費やしてようやく落ち着いて座ることを許される場所、それが浮浪者にとってのマックなのだ。

 しかしこのような一般浮浪者と、ヘンテコ店員の考え方は一線を画す。何とか 「客」 になって居座る権利を得ようとする浮浪者に対し、ヘンテコ店員は 「店員」 になることを選んだ。雇われることなく、自ら勝手に就職してしまおうという大胆な発想転換。しかも時には残飯のおこぼれにも与(あずか) れるこの場所は、彼にとって考え得る最高の就職先だった。だからこそ彼は懸命に働き、置き去りにされたトレイを処理するだけに飽き足らず、ついには既に食べ終わったであろう客を見つけては早々に片付けてしまおうという行動に出たのだった。彼がボクに言った 「これを片付けるのは俺の仕事だ!」 の一言は、自分の職務に対して持つ彼の誇りと、これまでの実績に対する自負とが言わせたものに相違ない。

 一方のマック側はしたたかなもので、彼が何事もなくトレイを片付けているうちは知らぬ振りを決め込み、いざ問題が起これば 「お前は誰だ!」 という態度に転換する。そんなマックの御都合主義が、ヘンテコ店員の勘違いに拍車をかける。警官は問い質 (ただ) した。「でも給料は貰ってないんだろ」。これに対するヘンテコ店員の、

「本来なら貰うべきところを、俺は無償奉仕しているんだ。
ココから追い出される筋合いはない!」

という答えからも、彼の誤解、いや 「思い込み」 を覗うことができる。彼にとっての報酬とは金ではなく、そこに居続ける権利、それを得ることこそが彼の給料に他ならなかった。マックは彼がようやく見つけた自分の居場所。その場所を確保するために働き、その報酬を受けて店内にいられると思い込んでいる老人にとって、警官の仕打ちは納得がいかなかったことだろう。そして食べ終わったにも関わらず、トレイを明渡そうとしないボクにも、彼は納得がいかなかったに違いない。


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 世の中いろんな人間がいるものだ。友達が多様なら、浮浪者も十人十色。浮浪者の行動やものの考え方は、時にボクをあっと驚かせる。今日という日を必死で生きるために駆けずり回り、来るか来ないかさえ不確かな明日の為に彼らは知恵を絞る。路上に座り、マックの店先に寝転がり、傍らを通り過ぎる人々を下から見上げ観察する彼らは、社会の隠れた傍観者。その傍観者の生活を、今日もボクはマックから見続ける。






2004.06.22 kon.T
im Zug nach Mannheim

2005.02.24 校正 in Frankfurt
2005.04.26 「ドイツ語とボク」 に収録

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