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ドイツ生活・留学関連コラム

essay
貧乏人と呼ばれて

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 ドイツ語の自習をするとき、ボクは主にマクドナルド (以下マック) を利用する。99セントのカプチーノを一杯だけ注文し、他には何も注文しない。このたった一杯のコーヒーを席料代わりに、テーブルを最低3時間は占拠するのだ。そしうして3時間もすれば、また次のマックへ向かい、同じようにカプチーノを注文する。一日最低1軒、普通は2〜3軒のマックを回る。すでに2年半以上続く、これがボクのドイツでの日課だ。

 これまでに7度引越し、今ボクはヨーロッパで6つ目の都市に住んでいる。今思えばどの街のマックも懐かしい。そしてマックで、多くの人との出会いがあった。出会いと言っても、相手は店員であることが多い。もちろんボクのような、つまり安いメニューを一つだけ注文して何時間もテーブルを占拠する 「不良客」 というのは、どの街にもいるものだ。そんな常連不良客同士のつき合いも、もちろん少なくはなかった。しかし、最も顔を合わすのはやはり店員達。レジ係だけでなく、時々依頼を受けてやってくる窓拭き職人の中にも顔馴染みはいた。そして今から紹介する 「トイレの掃除人」 たちも、やはりボクの交友範囲だ。
マックのトイレ掃除人、ガーナ人のペーター。確かにいいヤツなのだが、お願いだから大声で xxxx と言わないで


 「トイレの掃除人」 という職業を日本で見ることはほとんどない。しかしヨーロッパの百貨店やレストランのトイレ前には、大抵彼らが座っている。テーブルと椅子を置き、トイレの利用者を待つ彼らは、言わばトイレの 「門番」。トイレを清潔に保つ代価として、トイレの門をくぐる人々から小銭を徴収するのが彼らの仕事だ。

 マックに限って言えば、彼ら門番の収入は正にその小銭だけ。もちろん掃除用具は全て貸与されるし、仕事中に食べるハンバーガーも割引価格で買う事ができる。しかし彼らは、給料というものをマックからもっているわけではない。実はマックとの間に定かな労使関係 (賃労働を指す) などはなく、法に規定された労働時間というのも、彼らには適応外なのだ。朝も夜も同じ人間が座っている事実に、当初のボクは驚いたものだ。しかし午前8時ごろから12時間以上働く彼らにとって、「如何に長く座り、如何に多くの小銭をもらうか」 というのは死活問題なのだ。

 もちろん利用者にしてみれば鬱陶しい限りだ。トイレの利用ごときに小銭を払うのは馬鹿馬鹿しい。そう思うのは何も日本人ばかりではない。この支払いは基本的に 「チップ」 扱いであって、決して強制ではない。だから多くのアジア人、特に中国人などはまず支払ったりしないのだが、実は斯く言うボクも以前はそうだった。しかし彼らの職業の仕組みを知ってからというもの、ボクはほんの少しでも小銭を置くようになった。門番職の仕組み。それはもちろん、顔馴染みの 「門番」 から教わった。

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 門番たちとは以前からよく話しをしたが、中でも特に親しくなったのはハイデルベルクのマックでだ。彼、ガーナ出身のペーターは37歳。彼より先にドイツで生活を始めた兄姉の世話になっているという。彼に限らず貧しい出稼ぎアフリカ人らは、まず一家の長子をヨーロッパに送り込む。最初その資金は両親が工面するのだが、平均でも10人程度の子供を持つアフリカ黒人の両親たちに、全ての子供の面倒をみる経済力はない。だから次の弟妹の渡欧の世話をするのは、常に先発の兄姉なのだ。そして2人目は3人目の、3人目は4人目の兄弟の世話をという風に役目は交代し、家族は順に送り込まれる。彼らアフリカの人々にとって、それは特別なことではない。ペーターもまた6人兄弟の3番目。先に渡独した兄と姉の援助を得て、海を渡ってきたのだという。

 平均10人以上の兄弟を持つ風土では、一年に一人づつ産み続けても最後の子が生まれるまでに十年以上かかる。彼のように比較的少ない兄弟であっても、その年齢差が小さいのにはうなずける。それは現在のペーターの年齢が、既に30代後半であるという事実にも如実に影響している。これは簡単な計算問題だ。大抵、最初の兄弟が渡欧するのは18〜22歳くらい。そして長男のドイツでの生活が安定し、次の兄弟の面倒を見れるまでに成長するには、どう早く見積もっても5〜6年はかかるだろう。例えば20歳で渡欧した兄が25歳で次の弟を迎え入れた場合、そのとき弟は何歳だろうか。一つ違いなら24歳。2つ違いでも23歳。その23歳の弟が次の兄弟を迎え入れるとき、第三陣の年齢が30代に迫っていたとしても、それは無理からぬ事だ。ペーターがドイツ入りした5年前、彼は既に32歳だった。

 ペーターの職場は、ハイデルベルクの精霊教会前にあるマック (※2004年末に閉店)。その2階にあるトイレを掃除するのが彼の仕事だ。朝9時ごろに出勤し、マックを出るのは午後8時ごろだろうか。ほぼ10時間という労働時間はもちろん厳しいが、他の門番に比べればそう長くはない。しかしペーターが長く働けないのには事情がある。彼の通勤時間は片道約3時間。彼ら兄弟の住むフランクフルト近郊から、遠く州を越えてやって来るのだ。彼は門番職を 「最低の仕事だ!」 と言っているが、それでも彼はここに通い続ける。なにしろ現在のドイツの失業率は10%超。もちろん就職難とは言っても、ドイツ人がマックでトイレ掃除をするようなことは滅多にない。事実この仕事は、第三国出身の彼ら出稼ぎ労働者のためにあるようなものなのだ。中でも門番は最下層の職と言ってもいいだろう。しかしその仕事でさえ、いまや得るのは難しくなっている。遠方から、そして不満をもらしながらもペーターがやってくるのは、そんな状況下でようやく手に入れた、それが 「かけがいのない仕事」 だからに他ならない。
ペーターが勤めていた、ハイデルベルクの精霊教会前マクドナルド (※2004年末に閉店)

 彼が言うように、確かに門番は良い仕事ではない。彼らの前に小銭を置いていかない 「客でなき客」 は、なにもアジア人ばかりではないのだから。決して儲かることのない、働いても働いてもなかなか報われない、そんな仕事なのだ。しかしそれを分かっていながらも、それでもそれを続けるしかない門番たち。彼らが精神的に追い詰められ、ヤツレてしまったとしても、それは恐らく無理からぬことだ。だから中には、素通りしようとする客を呼びとめて 「トイレを使ったなら金を置け!」 と食い下がる門番もいれば、もはや掃除することを放棄して金だけ要求する門番もいる。だから人々は門番を毛嫌いし、卑しい人間と見下す。そんなレッテルが、ヨーロッパ人さえをも 「金など払うか!」 という気にさせてしまうのだ。それはまさに悪循環。そして門番たちはまた余計に苛立つ。

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 ところが我がペーターはというと、素晴らしいことに客に不満など一切言わない。彼は常に笑顔を絶やさない。もちろん金を置いていく客が居れば、彼は小踊りして礼を述べる。しかし客がたとえ何も置いていかなかったとしても、彼はやはり笑顔で見送るのだ。これを我々日本人の常識で計ってはならない。そもそもこの国の接客態度ときたら、マックかはおろか、銀行や百貨店の店員に至るまでみな最低なのだ。もちろん全ての店員がそうだというわけではない。しかし挨拶をしないというのはまだしも、客が来ると露骨に嫌な顔をする店員は街中にあふれているのだ。そんな社会常識の中、そしてそんな門番達の中で、ペーターの接客態度は特筆に値する。

 ある日のこと、ひどくヨボヨボの老婦人がトイレにやって来た。トイレから出たとき、老婦は手を拭くものを探していた。彼女はどうやら、洗面台のそばに備え付けられているペーパータオルに気付かなかったらしい。それを見たペーターはすかさず動いた。手もとに用意してあるペーパータオルを、老婦が扱いやすい大きさに折りたたみ、驚かせないようそっと手渡した。婦人はそれをごく当たり前のように受け取り手を拭き、ごみとなった紙を彼に手渡した。普通ならここで、老婦はチップを渡すべきだろう。しかし老婦は、もはやそんな事にさえ気が回らないほどヨボヨボだった。本人がチップに気付かない以上、こちらから請求すべきではない。ペーターはそう思った。少し残念そうにも見えたが、それでも彼は老婦に 「気をつけてかえってね。よい一日を!」 と声をかけて見送った。その心掛けは、明かに他の門番とは違う。ボクは彼の気配りを、心の中で賞賛した。

 しかし次の瞬間、彼はその老婦を追いかけた。彼はそこが2階であることに気付いたのだ。彼は老婦の手を取り、1階までゆっくりと誘導していった。もちろん彼が何をしてあげたって、彼女はペーターにチップなど渡しはしない。それは彼女が不道徳なのではなく、もはやそれに気付かないほどの、責めることのできない年齢なのだ。その事を知っていながら、それでもなお彼女の後を追い、介助したペーター。その優しさを前に、ボクはそんな当たり前の事にさえ気付かず、動けなかった自分を恥じる他はなかった。

 彼は紳士なのだ。もちろんそうは言っても、彼は上品な人間ではない。彼に名前を聞いたとき、彼は自分を 「 べた 」 だと言った。聞き取れなかったので紙に名前を書いてくれるようにいうと、彼は 「 batre 」 と書いた。理解できないほど汚い字に最初ボクは焦ったが、話をしているうち、彼が 「 Peter 」 と書きたかったのだという事に気付いた。彼はどうやら文盲らしい。新聞はなんとか読んでいるようだが、いざ書こうとすると正確なアルファベットが書けないのだ。彼の国、ガーナではガーナ語の他にフランス語と英語が話される。だから彼は不明瞭ながら英語も話すことができるが、しかし書けない。つまり、教育と呼べるようなモノを、彼はほとんど受けていないのだ。そんな彼に品位を求める事などできようものか。あいさつの仕方、話し方、そして笑い方。どれをとっても粗野な雰囲気を隠しきれないが、それは仕方のない事だ。しかし考え方や親切心、つまり彼の 「内実」 はいかにも紳士で、そして彼の人間的魅力は、なにもボクだけを惹きつけているのではない。店員はもちろんのこと、客の中にも彼の存在を快く思う人は多い。
ペーターのいたマクドナルドは、ハイデルベルグの観光名所のひとつ、聖霊教会前にあった。中央通りのほぼ終点。歩き疲れた観光客がほっと一息つきに訪れる、ファーストフード店としては好位置にあった。


 ある時など、彼と写真を撮りたがる女の子まで現れた。これはあるいは、旅行者の戯れととるべきかも知れない。だが門番という職業を考えれば、これはやはり異常な事態だ。カメラのシャッターはボクが切ってやったのだが、実を言うとペーターと白人の女の子らとのツーショットを、既にボクは3回も撮っている。いつも渋い顔をし、金をせがみ、乱暴な言葉を使い、無愛想で横柄な他の門番たちと彼との差は、彼自身の立ち居振る舞い以前に、彼に接する周囲の人々の挙動からも明白と言えるだろう。

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 恐らくだが、今現在の彼の収入は他の門番たちよりかなり多いに違いない。見ていると他の門番の場合に比べ、彼が小銭をもらう回数は圧倒的に多い。それは単に彼の集金能力によるばかりでなく、彼のいるマックが観光都市・ハイデルベルクの観光名所前にあるのも、また大きな理由だ。しかし困った事に彼の実収入はあまり多くない。フランクフルトから電車で通っているのが、大きな負担となっているからだ。

 電車で通っているという事実を初めて聞いたとき、ボクは彼を Schwarzfahrer だと思った。「 黒乗車 」 を示すこの単語は日本語の無賃乗車に相当するのだが、日本とは全く異なるシステムを採るドイツの鉄道網にあって、黒乗車する事は実はそれほど難しくない。もちろん、車掌の乗車券チェックを確実に回避する特殊技能が必要ではあるが。ボクが彼を黒乗車と思い込んだのはむしろ当たり前だ。何しろ フランクフルト - ハイデルベルク 間の一ヵ月定期券は、ゆうに200ユーロ (※2004年6月現在、日本円で約 27,000円) を越え、明かに彼の部屋の家賃をも上回る。彼が最近ようやく兄弟の手を離れ、自分で部屋を借りるようになったことを、ボクはつい最近聞いていた。しかしそんな彼から、偽りなき彼のサインの入った定期券を見せられた時、ボクは驚くよりほかなかった。

 もちろん彼の特殊な必要経費は、何も電車賃だけではない。食材の比較的安いドイツにおいて、最低でも 1.20ユーロを支払わねばならないマックのハンバーガーに、我々は決して安い食べ物という印象を受けない。日本のマックでさえハンバーガーセットを360円で買えるこのご時勢に、同じモノを 3.99ユーロ (約520円) も支払わねば買えないのだ。これをお買い得な食事と呼べはしないだろう。ところがペーターの昼食はいつもハンバーガー。しかし決して彼が贅沢をしているわけではなく、食べ物の持ち込みを禁じる飲食店で働く者にとって、それは仕方のない事だ。また、故郷では恐らく肉体労働をしていたであろう彼の大柄な体を維持しつつ、且つ長時間働き続けるには、内容量の多い Maxi セット (LサイズドリンクとLサイズのフライドポテトが付属する) を食べざるを得ない。彼はいつも苦笑いしながら、少し高い Maxi セットを注文している。

 彼ら門番達は給料をもらってはいないものの、待遇は店員に近いため、ハンバーガーは割引価格で買う事ができる。彼は確か、2割引程度で買えると話していただろうか。割引後の Maxi セットはおよそ4ユーロ。 「こんなものに 4ユーロだぞ、4ユーロ!」 とよく彼は顔をしかめている。もちろん、それは当然だ。ちゃんと小銭を支払うトイレ利用者達でも、置いていくのは一人当たりせいぜい 10 セントから 20 セント。ごく稀に 50 セントや 1ユーロ硬貨を置いていく客も確かにいるが、それより、たった1セントとか2セント、あるいは全く置いていかない客の方がむしろ多いのだ。昼食に4ユーロを支払わねばならないということが、彼ら門番にとってどれほど厳しい事かは、容易に想像できる。

 彼が働くのは週に6日から、時には7日。そして1日に最低 4ユーロは昼食に支払わねばならない。単純計算しても、彼のひと月の出費は定期券に215ユーロ、マックでの昼食代に最低 100ユーロ。家賃は安くて 180ユーロ、いや掘り出し物で 150ユーロと計算しようか。
ペーターが勤めるハイデルベルクという街は、世界的にも有名な観光都市。だからトイレの門番の彼にとっても、この街で働けるのは幸運といえるだろう。

 確かに地価の高騰するフランクフルトと言っても、中央駅から毎日往復2時間も歩いているという彼の言葉を信じれば、恐らくこんな激安物件もありうるのだろう。これで既に465ユーロ。仕事に必要で、また彼にとって生命線とも言える携帯電話に、彼はいくら支払っているのだろうか。そして彼は更に自宅での朝・夕食や衣服にも支払うだろう。一体それはいくらなのだろうか。

 彼は門番という仕事だけで、どう安く見積もっても最低 600ユーロ以上の金を毎月稼がねばならない。しかも故郷を離れ出稼ぎに来ている以上は両親のため、あるいは他の兄弟のために彼は貯蓄しなければならない。彼が自分のために使える金は、いったい月にどのくらい残るのだろうか。そもそも門番が月に 600ユーロも稼げば、それは脅威的な事だ。いったい彼は月にいくら稼いでいるのだろうか。

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 しかしそんな彼も、決してスーパーマンではありえない。通勤に往復約6時間、そして長い労働時間、手に入れても家賃に交通費に消え、そして安定しない収入、余暇に費やす時間も金もなく、将来の事さえ何も考えられない、そんな生活に疲れを感じないはずがないのだ。一度だけ、彼が疲れきった顔で呆然と座っているのを見たことがある。トイレどころか、本来は自分の仕事ではない2階の床掃除まで率先してこなす彼が、今は死んだ魚のような空ろな目で座り遠くを見つめている。彼の姿にボクが驚くのも当然だ。

 ボクは用をたす気もないのにトイレに入った。トイレで1分ほどぼぉーっとし、手を拭く振りをしながら出てきて、ペーターの前に置かれた白い皿の上にボクは大盤振る舞いしてやった。ポケットのにあった全ての銅貨・・・、といっても20セント程度に過ぎないが、これに加えて20セントと50セント硬貨と奮発した。それは貧乏なボクに可能な、精一杯の気遣いのつもりだった。しかし彼の表情は依然変わらない。ボクは彼のそばに座り話しかけた。「どうしたんだよ。目が死んでるぞ」 。ボクの言葉に2、3テンポ遅れて口を開いた彼は、「俺は何をしてるんだろう…」 とつぶやいた。「君は栄えあるトイレ管理責任者だろ。ボクはただの無職だがね」 と冗談混じりに言ってやったボクに、彼は続けて言った。「一生トイレの前にいるのかなぁ…」。

 それはずしりと重い言葉だった。将来への不安でも、あるいは絶望でもない。自らあがらうことのできない生活に対する、それは人生をかけた彼の純粋で正直な疑問に他ならなかった。いくら働いても楽にならない自分の生活に加え、一刻も早く次の兄弟を迎え入れねばならない背を焼くような責務が、彼の疑問を一層大きくしていた。兄弟を呼び寄せて世話できるほどの額とは、彼にとってもはや天文学的な数字に思えているらしい。その上で自分の将来設計など、およそ想像の及ぶ話ではないのだ。彼が真面目で誠実に働いていることは周知の事実なのに、傍らには衣食の不安も持たず、ただドイツ語の文法書をめくるだけの毎日を送る奴もいるのだ。彼が世の中に不条理を感じないわけはない。彼はその日、ほぼ一日中ぼぉーっとしていた。

 彼ら門番職には明確な賃労働契約がないから、法定労働時間など意味をなさない。長く座れば座るほど収入は増えるに違いないのだが、しかし彼らが長く座りつづけるのは何も収入のためだけではない。長く座っていれば、それだけトイレは綺麗になる。だからマック側にしてみれば8時間で帰ってしまう門番など不用なのだ。もちろん8時間座っていればマックは何も言えないが、しかし無言の圧力は門番達をトイレの前に縛り続ける。他の門番に比べ比較的労働時間の短いペーターが働いていられるのは、彼の実直さが認められているからに違いない。しかし目の前のペーターはというと、力を落として今日はまるで仕事をしていない。これが続けば、いや今日のこの状態を店長が知れば、彼は近く職を失ってしまうかもしれない。それを思うとボクは居たたまれず、一刻も早く彼が鬱状態から回復することを、ただひたすら祈るばかりだった。しかし幸いにも、翌日には普段の彼に戻っていた。ボクは安堵し、これまでより積極的に話しかけることにした。黙々と仕事をするより、多少なりとも興味の湧く話のできる友達になれればと思ったからだ。
ハイデルベルク - フランクフルト間を毎日往復するのは大変なことだ。ボクの通っていたダルムシュタットよりまだ遠い。その上フランクフルト駅から自宅までさらに1時間以上歩くというペーター。生活に疲れを感じないわけがないではないか。


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 どんな仕事でも、それぞれに固有のノウハウがある。ボク勤めた新聞記者という職はもちろんのこと、トイレの番人にだってノウハウは蓄積される。ペーターの人間観察眼は大したものだ。客がトイレに入ると、ペーターとボクは時々クイズ遊びをする。「今の客、小銭置いていくと思う?」。例えば二人の答えが 「置いていく」 と同じになった場合、今度は 「いくら置くか」 がクイズとなる。これは単なる直感ゲームではなく、あくまでトイレに入る前の物腰や身なり、客の国民性を十分に吟味した上での推理的クイズなのだ。最初はペーターの一人勝ちだったゲームも、3ヵ月ほどしたらボクも2割くらいは勝てるようになってきた。しかし彼の目には到底かなわない。彼はまた、国籍当てクイズにも強かった。

 ここハイデルベルクは観光都市だけあって、日本人観光客も多い。もちろんペーターのトイレにも、日本人観光客は訪れる。日本人客がトイレに入るとボクはペーターに近づき、「置いてくと思う?」。しかしペーターは 「いや、置かないだろうな。ちなみにあれは中国人だぜ」。なにっ?! ボクだって最近は日本、中国、韓国人の区別くらいつくようになった。「まさかっ! 今のは日本人に間違いないよ!」 と反論するが、しかし結局は中国人だったことが後で分かる。

 彼はおよそ世界中の国籍を、かなりの正確さで言い当てることができるのだ。その能力は海外で生きていくボクにとっても便利に思えた。そこでボクは彼の食事中、時々仕事の代理をさせてもらうことにした。彼の白衣をまとい、小さな皿を置いたテーブルを前に座り客を待つ。そしてその後ろでは、ドイツ語の文法書が置かれたテーブルを前にペーターが座り、コーラを片手にハンバーガーをむさぼっている。

 向こうからお客がきた。ボクはペーターを真似て 「ハロー、イイ天気っすね!ご機嫌いかが?」 と声をかけ、トイレはあちらと指をさす。トイレから出てきた客が小銭置くと、ボクは満面の笑顔で 「だんけしぇ〜〜〜〜ん!(ありがとう!) 」 と頭を下げる。人の挙動を見、またこちらの挙動によって相手の手がポケットに伸びる。確かにこれは人間を見る目を養う仕事だと思った。ある日、学校に行くと先生がボクを見て 「あぁ、なんて日本人。あのね…、職はちゃんと選ぼうね」 と頭を抱えていた。どうやらアレを目撃したらしい。ボクは言った。「そんな、職を選んで持てるようなイイ身分じゃないっすよ」。だって、そもそもボクは無職なんだから。

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 ところで、マックに長時間いるボクは基本的にトイレを使わない。そもそも大嫌いなコーヒーにボクが金を出すのは、何かしら注文しなければ席を占有できないという、のっぴきならぬ事情のためだ。コーヒーカップをテーブルの上に置いて勉強していても、席を立つ時には全てをリュックサックにしまわねばならない。しまって席を立ってしまえば、もはや席の占有権は消滅する。だからボクが席を立つのは店を出る時であり、トイレに入る可能性も入店時か退店時しかあり得ない。しかしペーターのそばに座るときは例外だ。荷物を彼が見張っていてくれるから、勉強道具を撤収することなく気軽にトイレを使うことができる。また、もし街中でトイレに行きたくなれば、ボクは少し遠くてもペーターのトイレを目指す。どうせ金を払うなら友達に払ってやりたい。それはボクに限らず、誰にとっても当たり前の気持ちではなかろうか。
一杯のカプチーノ (価格は時々変更されるがおよそ1ユーロ程度) で何時間も居座りつづけるボク。そんなボクを、ペーターはどう思っていたか。そこには恐るべき真実が。自分の存在価値を疑ってしまうその結末とは

 さて彼のトイレを使った後、ボクはいくら置くべきだろうか。もちろん知らない門番に多額を置くほどボクは豊かではないが、相手が知人ならば少しは色をつけてやりたい。そう思ってボクは 30〜50 セントを置こうとするのだが、しかし当のペーターはと言うと 「君から金なんてもらえるか!」 とつき返す。苦しい生活の中、多少の小銭でも喉から手が出るほど欲しいはずの金を、敢えてボクからは受け取れないという。貧困に負けない彼の気高さや友情というものを、ボクはひしひしと感じた。いや…、そう感じていたはずだった…。ところが、それは大間違いだった。彼がボクから小銭を受け取らないのは単なる友情というものではなく、実は驚くべき全く別の要素が作用していたのだ。それに気付いたのは、ある浮浪者が我々の前に来たときのことだった。

 それはよく晴れた平日の朝だった。たまたま学校が休みで、ボクは朝7時から駅前のマックに座り、次いで10時過ぎにペーターのいる教会前のマックに入った。さすがに平日午前の中途半端な時間だけあって、ボクの2階席に客は誰もいない。既に仕事に就いていたペーターだったが、客など来そうもないトイレを背に、今は一ときの休息を楽しんでいる。ボクは彼と二言、三言あいさつを交わし、早速勉強に取りかかった。

 ところでマクドナルドには、時々客ではない浮浪者がまぎれ込む。客席を回っては手を出し、「10セントでいい。どうか10セント」 と物乞いに来るのだ。対して食事中の客はというと、明日はわが身とでも言うことだろうか、大抵4〜5人に一人は何がしかの小銭を与えているような気がする。ドイツ中がそんな社会環境だから、何処のファーストフ−ド店でもこのような浮浪者を見ることができる。しかしさすがに午前10時を回った中途半端な時間に彼らが入って来ることはないのだが、その日はよほど空腹だったのか、一人の浮浪者が2階に上がってきた。歳は50代半ばくらいだろうか。2階にはボクとペーターしかいないが、浮浪者だってもちろん、トイレの門番が貧乏人であることはよく理解している。だから小銭を求めるなら、相手はボクしかいなかった。

 ボクのそばに来て彼は言った。「小銭もらえないかな」。ボクは自分の顔の前で手を振り、拒否サインを示した。しかしその浮浪者にしてみても、客はボクしかいないのだから食い下がる。「お腹空いてるんだ。頼むよ。ほんの少しでいいんだ」。ボクは少し五月蝿そうに、もう一度拒否のサインを送った。ペーターは今まで窓の外の青い空をぼんやり眺めていたのだが、突然ボクの姿が目に入ったのか、遠く窓際からボクの方に向かって声をあげた。「ヘイ、彼にタカるんじゃない。彼はそっとしておいてやってくれ」。しかし浮浪者にはそんな言葉に耳を貸せるほどのゆとりはないようだった。とうとうボクの袖に手を添え、軽く服を引っ張り始めた。それを見たペーターは、猛然とこっちに歩み寄ってきて、そして大声で言った。

 「ヘイ、ユー! やめろと言ったろ! こいつにタカっちゃだめだ。他の客を捕まえろ。いいかよく聞け。こいつは日本人だ。にも関わらず、こいつは全く日本人じゃない!」。 え・・・? えっ?! いったい何を言い出すんだ・・・。ボクはペーターの予想外の言葉に頭が真っ白になった。しかしそんなボクに構うことなく、ペーターはここぞとばかりに力説する。「見ろ、この机の上にあるコーヒーを。こいつはこのたった一杯のコーヒーを買って、なんと4時間も5時間もここに座り続けるんだぞ! 世の中にこんな貧乏で可愛そうな男がいるか!? こんなに貧乏な奴を、おれは見た事がない。な、分かるか? 俺の言ってることが。よーく覚えておけ・・・、こいつは・・・、こいつは・・・」 、ペーターは大きなアクションでボクを指差して、ひときわ大きな声で、しかも英語で叫んだ。
He is poor! (こいつは貧乏人だ!)
 ボクはよく自分で自身のことを貧乏だと言っているが、自分以外の人間に ここまで明瞭に貧乏人の指定を受けたのは初めてだった。ふと気付くと、ペーターはまだボクの方を指差して浮浪者を威嚇していた。階段の方を見ると、あまりの事態に驚いた3人の客が、ハンバーガーを乗せた盆を手に静止している。浮浪者は深く哀れむような眼差しをボクに向けた。ペーターは浮浪者の袖をつかみ階段の方へと歩き出した。1階に向かって下り始めた浮浪者の背にもう一度ペーターは、駄目押しの 「 He is very very poor!」 の言葉を浴びせた。恐らく1階中に聞こえたろうその言葉には、最初と違って更に very (とっても) が2回も追加されていた。呆気に取られているボクの方を振り返ったペーターは、満面の笑顔で親指を立ててウィンクした。仕方なくボクもそれに応えて、親指を大きく突き出しニッコリと笑った。

 そうか・・・。彼がボクから小銭を受け取らなかった理由は、どうやら ココ にあるらしい。彼自信が言う 「最低の仕事!」 をし続けなければならない トイレの門番・ペーター。そんな職にさえありつけない、哀れむべき浮浪者。そしてペーターの頭の中で、ボクは更にその下の最下層に位置していたらしかった。

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 自分の能力に慢心して怖いもの知らずな人。その彼が他人の能力をまざまざと見せつけられたとき、人は彼にこう言うのだ。「上には上がいる 」 と。そして今までの自分は、自分を知らない井の中の蛙 (かわず) だったと知り自らを恥じ、その悔しさをバネにまた新たな一歩を明日へと踏み出してゆく。自らが不幸のどん底にいると嘆いている人は、自分よりもっと苦労している人の姿を見て思う。「下には下がいるもんだ」 と。そして自らの幸福を悟り、それを明日への活力に変えてゆく。

 しかしボクはどうだ・・・。今まで自分のことを、裕福ではないにしろ不幸でもないと思っていた。そんな自分が、自分より不幸だと思っていた人間に、「本当に不幸なのはお前だ!」 と公言されてしまったではないか。ボクはいったい何を明日の活力に変えていけばいいのだろう・・・。 世の中、下には下がいるもんだ。そしてその下の下に、いつの間にやらボクがいた。

 あぁ、貧しき人から虎の子の財布を守ってくれた、心優しき我が友よ。余生短き我に代わり、どうか汝に幸いあれ。アーメン。



2004.01.05 kon.T, in Heidelberg

2004.06.02 追記 in Darmstadt
2005.01.17 追記 in Tokio
2005.02.24 校正 in Frankfurt
2005.03.13 「ドイツ語とボク」 に収録 in Heidelberg

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